顧客視点とSTP分析
はじめに
マーケティング戦略の中核をなす概念として、しばしば耳にする「STP(Segmentation、Targeting、Positioning)」。企業が新商品を開発するときや、既存顧客に対するアプローチを再定義するときなどに、まず最初に整理すべき重要な枠組みです。特に近年は「プロダクトをいかに売るか」ではなく、「顧客の課題をいかに解決するか」「顧客にどのような価値を与えるか」が重視される“顧客視点”のマーケティングが主流となってきました。そこで本記事では、このSTPを顧客視点でどのように設定すればよいのかを、マーケティング理論を交えつつ体系的に深堀り解説いたします。
STPとは何か? —— 3つのステップの概要
1. Segmentation(セグメンテーション)
市場を細分化し、類似のニーズや特徴を持つ顧客群に分けるプロセスを指します。たとえば「年齢」「性別」「地域」「ライフスタイル」「購買行動」「価値観」など、多岐にわたる切り口でセグメントを作成し、どのような顧客層が存在するのかを把握します。
2. Targeting(ターゲティング)
セグメンテーションによって抽出した顧客群のうち、自社が最もアプローチすべき、あるいはビジネスチャンスが大きいセグメントを選定するプロセスです。企業の経営資源や事業ドメイン、自社の強みを踏まえ、どのセグメントに焦点を当てるかが決定されます。
3. Positioning(ポジショニング)
選定したターゲットセグメントに対して、自社の商品・サービスを「どのような価値」として認識してもらうかを設計するプロセスです。ここでは競合他社との差別化ポイントを明確にし、顧客が自社の提供価値をどのように理解し、どのように評価してほしいのかを設定します。
顧客視点が重要視される背景
1. 顧客ニーズの多様化
市場が成熟し、消費者のニーズが細分化・多様化している現代では、どんなに良い商品でも「大衆向けに一律に売ればよい」という手法は効果が薄くなってきています。そのため、STPを行ううえで顧客が何を求めているか、どのような課題を抱えているかを深く理解することが欠かせません。
2. 情報流通の変化
インターネットやSNSの普及によって、顧客は商品情報だけでなくクチコミ、評判、さらには自分にフィットした関連サービスを容易に入手できるようになりました。これにより顧客は、企業が一方的に発信する広告やキャッチコピーよりも、「自分のリアルな体験や口コミ」を重視する傾向にあります。このような情報行動の変化に対応するためにも、STPに顧客視点をしっかり落とし込み、自社の発信する価値と顧客が求める価値を緻密に合わせる必要があります。
3. ブランド体験・顧客体験の重要性
単に商品を手に入れるという取引だけでなく、顧客が企業との接点を通じてどのような体験を得るかが企業価値を左右するようになってきました。STPのステップで顧客視点を適切に設定しておけば、一貫したブランド体験や顧客体験を提供しやすくなり、長期的なファンの獲得につながります。
Segmentation(セグメンテーション)を顧客視点で考える
1. 「顧客が何を求めているのか」を軸にする
従来は「年齢・性別」「所得レベル」「居住地」といったデモグラフィック要因が中心でしたが、顧客視点のマーケティングでは、「顧客の課題」や「顧客の目的・行動特性」を軸にセグメントを切り分けることが重要です。たとえば「健康志向な人」「時短を求める忙しいビジネスパーソン」「社会貢献を意識するユーザー」など、価値観やライフスタイルの切り口が大きな違いを生みます。
2. カスタマージャーニーの活用
顧客が商品を認知してから、購入し、利用・体験し、リピート購入へつながるまでの一連の流れ(カスタマージャーニー)をマッピングすると、どの段階でどのような情報やサポートを必要としているかが見えてきます。ここで顧客が抱く「不安」「疑問」「満足感」を拾い上げ、それをセグメントの指標に落とし込むと、より細やかな顧客視点のセグメンテーションが可能となります。
3. 定量データと定性データのバランス
セグメンテーションにデータを活用することは当然ですが、アンケートや行動履歴など定量データだけでは見えてこない“顧客の本質的な動機や感情”を捉えるには、インタビューなど定性データの取得も重要です。特に、新規事業や革新的サービスを企画する際には、顧客の声や具体的な体験談を十分に収集し、それに基づいて新しいセグメンテーションの切り口を見つけることが求められます。
Targeting(ターゲティング)を顧客視点で考える
1. 自社の強みと顧客ニーズのマッチング
セグメントを複数抽出した後は、その中から自社の強みを最も活かせ、かつ顧客のニーズを満たせる領域を選定することが重要です。顧客目線で見たときに「その企業ならではの提供価値」があれば、競合がひしめく中でも差別化を実現できます。反対に、自社が持つリソースやノウハウで対応できない層をターゲットに選んでも成果が出にくいため、慎重な選定が必要です。
2. ペルソナ設定で「顧客のリアリティ」を深める
ターゲット像を明確化する際に有効なのが「ペルソナ設定」です。たとえば、30代の子育て中の女性を狙うといっても、その人の職業、日常の悩み、どんなSNSを使うのか、どんな商品・サービスに興味があるかなど、より具体的なイメージを言語化していきます。こうした詳細なペルソナを設定することで、施策の策定やクリエイティブ制作、メッセージ開発がより顧客視点に近づきます。
3. マス・ニッチのバランス
どのくらいのセグメント規模にアプローチするかも大きな課題です。大規模な市場を狙うマス・マーケティングと、特定のコアな層に特化するニッチ・マーケティングのどちらを選ぶかは、商品・サービスの特性と顧客ニーズを照合して判断します。顧客視点でのターゲティングでは、「より顧客満足度の高い体験を提供できる領域はどこか」を軸に検討すると効果的です。
Positioning(ポジショニング)を顧客視点で考える
1. 競合比較ではなく、顧客の課題と結びつける
従来のポジショニングは、主に「競合商品のどこが弱いか」を突いて差別化する手法が一般的でした。しかし顧客視点のマーケティングでは、「顧客が本当に必要としている価値は何か」を起点とし、それに応える自社ならではの強みをポジショニングとして打ち出すことが重要です。競合の弱みをつくのではなく、顧客の課題を自社の価値でどう解決するかをベースに考えることで、より確かな差別化と顧客ロイヤルティの向上が見込めます。
2. 顧客との接点を意識したメッセージ設計
ポジショニングは単なる“打ち出し”だけではなく、顧客が企業のどの接点でも同じ価値を体感できるよう、ブランド全体のメッセージとして一貫性を持たせる必要があります。たとえば公式サイト、SNS投稿、店頭のPOP、カスタマーサポートなど、顧客が触れるあらゆるタッチポイントで一貫したコンセプトやトーンを維持し、顧客の心にポジショニングを深く根付かせる工夫が求められます。
3. 長期的なブランド価値の醸成
ポジショニングは短期の売上アップだけを目的にするのではなく、長期的に企業やブランドの価値を醸成していくための基盤でもあります。製品ライフサイクルや市場環境の変化があっても揺らがない、中核となるブランドの世界観やストーリーを持つことで、顧客からの共感と信頼を獲得しやすくなります。
STPと4P/4Cとの関係
STPは「誰に、どのように価値を提供するか」を設計するプロセスですが、それを実際の市場活動に落とし込む際には、マーケティングミックス(4P: Product, Price, Place, Promotion)の最適化が欠かせません。ただし近年は顧客視点の重要性から、4Pを顧客側の概念である4C(Customer Value, Cost, Convenience, Communication)で捉える手法も重視されます。
- 4P
- Product:どんな商品やサービスを提供するのか
- Price:価格戦略をどう設計するか
- Place:顧客にどのように届けるか(流通・販売チャネル)
- Promotion:どのようにプロモーションを行い、認知・購入促進するか
- 4C
- Customer Value:顧客にとってどんな価値があるのか
- Cost:顧客が感じる費用・リスクはどの程度か
- Convenience:どれだけ便利で購入しやすいか
- Communication:顧客とのコミュニケーションは円滑か
STPで策定した戦略が実際に成功するか否かは、具体的なマーケティングミックスや顧客とのコミュニケーションの設計次第で大きく変わってきます。「STPで設定した顧客視点の価値」を4P/4Cに一貫して落とし込み、顧客体験全体を最適化することがポイントです。
事例:顧客視点を取り入れたSTPの成功例
スターバックスの例
スターバックスは、コーヒー豆を販売する企業が乱立する中、「人々が快適に過ごせる第三の場所」としてのポジショニングを確立してきました。ここでは、単にコーヒーの品質だけを打ち出すのではなく、「お店でゆっくり過ごす体験」「バリスタとのコミュニケーション」「独自の心地よい雰囲気」という顧客体験を重視。顧客が求める快適な空間ニーズをくみ取り、付加価値を提供することで、競合と差別化に成功しています。
アップルの例
アップルの製品は“高価”なイメージがありつつも、ユーザーインターフェースの使いやすさやブランドの世界観で顧客を魅了しています。セグメンテーションではデザインや操作性を重視する層や、“イノベーター気質の強い”層、そして自分のライフスタイルを洗練させたい層などを的確に取り込み、ターゲティングを行っています。さらにポジショニングとしては「革新的で直感的に操作できる洗練されたユーザー体験」を全面に打ち出し、長年にわたって顧客ロイヤルティを高めています。
STPを顧客視点で成功させるためのポイント
- 顧客インサイトの徹底理解
- アンケート調査やSNS分析、ユーザーインタビューなどを駆使し、顧客が抱える潜在的な課題や求める価値を深く探る。
- 顧客との継続的な対話
- 一度STPを策定して終わりにせず、顧客とのコミュニケーションを継続し、需要や市場環境の変化に柔軟に対応する。
- 明確な差別化ポイントの設定
- 競合状況だけでなく、顧客が「ここが他とは違う」と明確に感じられる訴求ポイントを設定する。
- 一貫性と継続性のあるブランド体験
- オンライン、オフライン問わず、顧客が触れるすべてのタッチポイントで統一感のあるメッセージや価値を提供する。
- 経営視点と顧客視点のバランス
- 企業としての利益やリソースも考慮しつつ、顧客にとって意味のあるイノベーションやサービス改善を追求することで、持続的な成長へつなげる。
まとめ
STP(Segmentation, Targeting, Positioning)はマーケティング戦略の基本フレームワークでありながら、現代の顧客志向マーケティングにおいてはより一層「顧客視点」が重要になっています。セグメンテーションでは顧客の動機や課題に合わせて細分化し、ターゲティングでは自社の強みと顧客ニーズのマッチングを徹底的に行い、ポジショニングでは顧客が求める価値と競合との差別化をクリアに打ち出す——この一連のプロセスが綿密に連携して初めて、市場に通用するマーケティング戦略が実現できます。
顧客が求める真の価値を深く理解し、それを自社のストロングポイントと結び付けながら発信していくことこそが、顧客満足度の向上やブランドロイヤルティの獲得、さらには企業の持続的成長につながります。データドリブンな視点と顧客との直接的なコミュニケーションを通じて、常に最適なSTP戦略を更新していきましょう。